子どもが望むことを応援する。
今日は長女の水泳の大会の送り迎えにきている。待ち時間の合間にESTPタイプの本を読んだりしていたわけなのだけど、自分の子の出番近くになったら動画配信で試合の様子をカフェから見た。
長女が水泳をやりたいと言った理由は長女の口から聞いてはいるものの、そこまでタイムが速いわけでもないのに、なぜ週5で通うことができるのかが、わたしにはいまだにわからない。
ただ、好きこそものの上手なれと言うし、好きならいつかは速くなるかもしれないから、本人が辞めると言わない限り辞めさせるつもりはないのだけど、そのモチベーションってどこから来るのかなぁと思う。
親として応援しなきゃなと思うものの、日々の仕事のことで頭がいっぱいのことが多いので、親として応援できている気もしなくて、タイムが速くないのは親の応援が足りていないからなのかなぁと漠然と思ったりもする。
ただ、わたしは、子どものことに対して、ある程度無関心でいたい。
親が力を入れれば入れるほど、親にとっても、子にとっても、悪循環が発生するような気がするのだ。
気がするだけで、それがうまく行く家庭もあるだろう。
わたしも、教育ママに育てられて、まぁ、よかったのかなぁと思うことも、あるにはある(なんだかんだで、学歴は色々な意味で役に立った経験もあるから)。
でも、結果的に、なぜ、わたしの母親は、わたしの生き方を認めてくれなかったのかというところに、やはり行き着いてしまい、親が子どもに、子どもが望まない期待をかけることは、良い結果を生まないと思っている。
しかしここまで書いてみて、子どもが水泳をやりたいと自分から言って、それが本当に望むことなら、親は全力で応援すべきなのかもしれない。
「子どもが望むことを応援する」
それなら親としての役目を果たせるとするならば、子どもが何を本当に望んでいるのかを知る必要がある。
それでは、わたしは親に、自分が何を望んでいるかを、伝えたことがあっただろうかと、ふと振り返ってみると、その辺が十分に伝わってなかった可能性もあるかなとも、思ったりする。
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