富と名声

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里帰りの新幹線の中で頭内戦略会議をしているうちに、寝てしまっていた。目が覚めると、次女も目を覚ましたので、駅弁の残りを食べさせ、隣で長女が見ているアンパンマンの動画を次女が見ている間に、またもやわたしはiPhoneのキーボードに指を走らせる。

富と名声。なぜそんなことを急に言い始めたかというと、会社を辞めて在宅翻訳を始めてから、世間から子育て以外の仕事をしていないように思われたり、結局なにやってるかよく分からないと思われたりすることがあると感じることが増えてきたからだ。

お金が稼げて自分が面白ければそれでいいじゃないかと考えたりもしたが、やはり、そうではない。わたしは子育てとは別に、こんな仕事をして世の中の役に立っているのだということを世間に知ってもらいたい気持ちがやはりある気がした。

それには、仕事用のホームページを作るのはどうだろうか。もしくは、はたまた、出版翻訳に挑戦して名を売る活動をするのはどうだろう。または、翻訳だけではなく、通訳者として活動を始められるように勉強して世に名前を出していくのもひとつの手かもしれない。

結局何をやっているか分からない人…というレッテルを貼られるのは、なかなか辛い時があるのである。人からどう思われようと関係ないというのは、自分の信念を曲げる必要はないだけの話であって、人間が人間らしく生きるために、富と名声もある程度は必要な気がしてきている、今日この頃である。