女性飲みを終えて。

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大体、わたしが自由奔放に、好き勝手に振舞うときって、「変」って言われる。

今日は会社の女性だけの飲み会があって、楽しい会話をしていたのだが、その中に、わたしが面白い・変、って話があった。正直なところ、昔から時々言われることだし、そんなにいい気はしないけれど、今更傷つくようなものでもなく、簡単に言えば自分の中では大した問題になっていないはずなのだけど、まぁ、やっぱり、そう言われたら、きちんとある程度はそれを受け止めて自分を振り返ることも必要なんじゃないかと思う。

振り返ったからといって、自分がすぐに変わるか、変わるべきなのかは分からないけれど、確かにある場面では、わたしの面白い・変な部分っていうのは、物事を進める上で弊害になることがある。それは、仕事であったり、恋愛であったり。自分ではどうしようもないと思いながら、やはり、人に愛されたいと思うからには、それがわたしの今後の平和を乱すものならば、直すべきなのだろうと思う。

簡単に言ってしまえば、女として生まれたからには、女として愛されたいと思うのが、当然であって、わたしは、そのわたしの特性が、愛される上で弊害になるのではないかという懸念を抱いている。実際、それは弊害になることが多いのは確かなことだ。

けれど、それは、直すところである一方で、わたしは、自由奔放に好き勝手に生きることが自分の自信につながることでもあり、直しながら、自分の自信を失わずに行くのは、大変だなぁ難しいなぁと思う。わたしは、昔、自分を失い、自信をどん底まで無くして生きていたことがあるから、自信だけは失わずに生きたい。それは、もう、死ぬまで、自信を失いたくない。

けれど、その自信が、自我になり、ときに、わたしは孤独になる。

そんな繰り返しを、今年は抜け出したい。

そんな風に思います。