習い事の待ち時間に生き甲斐について考える。

習い事の待ち時間に生き甲斐について考える。

金曜の夕方は次女のチアがある。仕事が入った時は旦那さんと分担して送迎しているが、そうでないときは早めに出社して早めに退社することで送迎の時間を作り出している。

そして習い事の待ち時間にも、スマホでslackでチャットしたりと仕事はするのであるが、勤怠上は勤務外の時間である。

しかしそんなことはどうでもよくて、わたしが書きたいのは、わたしの生き甲斐の話である。今のお仕事は日々の生活では見えにくいところにある技術だし、ある程度IT化やデジタル化が進んだ企業で使える製品だとは思うのだけど、うまく使うとデータ連携やデータ処理自動化など、これまでの事務作業的なものが減る可能性があると思う。

しかしだ。わたしが生き甲斐としてやりたいことは、どういうことかというと、もっと技術がわかって使いこなせる人材を育てたいというところだと思う。いや、育てることに携わりたい、というべきか。

技術は賢く使ってこそ意味がある。

そして賢く使いこなすためには、まずは知らなければいけない。その技術がどう言うものなのかを。

ITは専門性が高い仕事だから、みんなが専門的なことまでやる必要はないけれど、ある程度の概要や技術基礎はわかった上で、使いこなせる人材が増えないことには、「ただ、ITを導入して満足してる」か「わからないからITを敬遠して乗り遅れる」という人たちが増えてしまう。

だから、「ITをきちんと理解して使いこなせる人材」を増やすことが、わたしの生き甲斐につながるような気がしたり、夢空言のように思えたり、じゃ、生き甲斐とは?と漠然と思ったりな日々である。

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