夜に読書。

NO IMAGE

IMG_5052.JPG
在宅で翻訳をもう一度がんばってみようという決心が固まり始める、夜。先日お会いしたセキュリティ関連の翻訳をされているインハウス技術翻訳者のお友達が教えてくれたChicagoという古いバンドの曲をYoutubeで検索して聴いてみる。聴いてみて、「あ、この曲ってこのバンドの歌だったんだ」と思いながら、ブログを更新する、なう。

在宅で翻訳の仕事を続ける…と決めた場合の懸念点は、「成長」な気がした。自分のスキルアップはすべて自分の努力にかかっていると言ってもよい。もちろん、外で働いていてもスキルアップは自分の努力にかかっているわけだけど、外には色々な刺激があって、辛いけれどそれを乗り越えることで成長していけるところもある。でも、家では刺激が少ない分、怠けようと思えばいくらでも怠けられる。つまり、成長は自分がどれだけ努力できるかに大きく左右されるわけで、わたしはどれだけ頑張れるのかっていう、懸念。

扶養に入った今、わたしには稼がなきゃいけないというプレッシャーはなくなったわけだ。去年、扶養から出てしまっていたときは(失業保険の給付をもらうために扶養を出たら、収入が少なくくても自営業だと稼げる可能性があるってことで扶養に入れなくなったため)、毎月国民年金と健康保険、合わせて2万円くらいの支払義務があって、それが相当のプレッシャーだった。

会社時代からの収入から考えると、2万円なんてすぐ稼げるような大した金額ではないようにも思えたが、実際に自営業として翻訳業をやっていると、来月同じように収入があるかどうか分からない。一度取引先から信頼を失ったら収入が途絶えてしまう、そうすると、1ヶ月で2万円、2か月で4万円、3ヶ月で6万円…と支払義務がある負債が増えていくかもしれない恐ろしさ。たった、月々2万円くらいのことで、あんなに辛い気持ちになるとは、知らなんだ。会社に所属して、毎月安定した収入があるということが、どんなにすごいことなのかということを実感したりした。

ちょっと話は飛んだけど、幸運にも、2人目を妊娠したことで、無事旦那さまの扶養にもう一度入ることができて、そのたかだか2万円、されど2万円のプレッシャーから解放された今、翻訳の仕事を続けるためのモチベーションはどこにあるのか(そもそも、そんなプレッシャーがモチベーションになっているのもしょぼい話だ)。

もちろん、自分で自由に使えるお金が欲しいという理由もある。

でも、それだけじゃないはずだ。

やっぱり、いつかは外で働きたいっていうのがあるから、それまでに自分の中に「英語」とか「翻訳」とか「IT」とか、その辺の経験を少しでも積んで、成長していたいというのがあるんだと思う。

しかし、自分が言う、「外で働きたい」ってなんだろうね。自分でもよく分からない。でもぼんやりそう思ってしまう、それも事実で。たとえそれが幻想とか妄想とかで終わったとしても、そう思った自分がいた、それをここに書き残しておこう。

でもさ、じゃ、なぜ今、外で働かずに在宅で翻訳の仕事をすることを選択をしたんだろうね。

それは、すごく難しい問題。変数がたくさんある方程式みたいに。それぞれの変数に色々数値を入れてみて、色々なパターンの最大値とか最小値とかを計算して、その中で一番いい解を選んだ結果。

そう。もう一度がんばってみよう、翻訳。

そう思って、お仕事がないときは本を読んでみることにした、夜。