AIとの共存
わたしはニュースよりツイッター派ですが、ツイッターを眺めていると最近、ChatGPTの話題が盛り上がっています。
わたしがAI系の人をフォローしたからなのか、世の中的にAIが流行り始めたのかわからないまま、ツイッターで流れてくる最新AIの話を見聞きしては、ブログ記事まで書いてくれちゃうなんてすごいなぁと思っていました。
そんな折、長女の水泳のお迎えで車で待っている時にテレビを何気なくつけてみたら、AIの議論が巻き起こってまして。
あぁ、自分の周りだけじゃなくて、日本中でAIが話題になってるんだなと思ったりして。
実際はどれくらいの人がAIのリアルを感じて生きているかわかりませんが、確実にAIは進化しており、画面に表示される文字上ではなかなかAIなのか優秀な人間が書いたのかがわからない文章が紡ぎ出される時代なのだなと。
逆に、ですが、AIが優秀な分、今後は、頭脳が優秀であることよりも、人間らしく、情に溢れた、人間が価値をより一層持ち始めるかもしれないと思ったり、アートな世界がより一層価値を持ち始めるかもしれないと思ったり。
いくらAIが優秀であっても、判断をするのは人間でなくてはならず、判断までAIに任せたら、ただのバカに成り下がるだけである。
自分で判断できる能力、真偽を見抜く力、本質を見る力、そういう力を、子どもたちには持ってもらって、「AIに使われる人間」ではなく、「AIを使いこなす人間」になってもらいたい。
そして何よりも、AIはデジタル世界の覇者だとしても、リアルでは、脈々と、自然が自然のまま、美しく存在していることも、人間は忘れてはならない。
人間は、人間であるが故に、完全ではなく、面白く、愛嬌があって、憎たらしくて、面倒で、愛くるしく、哀愁があり、何より、人間が作ったのではなく、自然の一部であるということを、忘れるなかれ。
自然とAIの間には、越えられない大きな隔たりが確実にあるということも、常に覚えておくべきことである。
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