自分を通そうとすれば、誰かとは衝突する。
それを逃れることは出来るのだろうか。きっとわたしは人が思うよりも残酷な部分もあるし、自分が思うよりも冷酷な部分があるし、その逆に自分はそんなつもりがなくても、相手が残酷だと思ったり冷酷だと思ったり、その他、何か嫌な感情を覚えることもあるのだと思う。
それは、自分が好む好まざるに関わらず、あるのだと思う。
その上で、やっぱり人と上手くやっていきたい。できれば楽しい気持ちを共有したい、そう思う気持ちも本当であって、結局最後は、そういう自分の残酷な部分と温かい部分が戦って、どちらが勝つか・・・ってことなのかもしれない。
だから、最後まで分からない。
人はいろいろな側面を持つものだ。自分のみあらず。人間は全て。
そして、時間を越えて、多くを乗り越えて、人生を作り上げていく。
自分は正しいだとか、自分は優しいだとか、自分は偉いだとか、そういう自分を肯定するようなものは、嘘とは言わないけれど、時として、それは偽りのものになることはあると思う。けれど、もし偽りだったとしても、それを本当のことに変えていくのも自分である。
そして、最後に分かるのだ。
生きてきた、本当の意味が。
そんな風な、思考の中で、わたしは今生きている。






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