出産・育児 日々の徒然

言葉の奥を見つめて。

5月になりましたね。さきほど、4月の請求書を作成して、まだ来ていない注文書の確認メールなどをしたりいたしました。明日も旦那さまは平日だし仕事かなと思っていたら、お休みをとるということで、今日1日がんばれば明日はGW!というわけで、今日は1日なんだか気持ち的にがんばれそうです♪

昨日買った子育て本、今のわたしにとって必要だと思える内容がいっぱいだったので、娘と旦那さまが寝たあとで、全部読みました。本には2歳ってこういうものだよ、ということが書いてあって、それで思ったことは、「最近少ししゃべるようになってきた娘に、期待しすぎたり、言葉をそのまま鵜呑みにしすぎていたのかもしれない。」ということ。

少ししゃべれるようになってきたから、わたしが言う「~~はダメだよ」っていう言葉も、娘は分かっているに違いないと思ってしまっていた自分がいたのかなと。だから、「どうしてダメだってことは分かってるはずなのに、やめないんだろう!」と腹が立ってしまう。でも、子どもというのは親が思っている以上に賢くて、「ダメ」だということは分かっても、「でも、なんでだろう?」って思っているんだろうなと。「なんで?」と聞き返さないだけで、子どもはダメな理由を知りたいと思っているし、納得しないとできるようにはならないし、子どもが納得するまでには時間もかかるから、何度も言わなくちゃいけない。そういうものなんだってことを、わたしが分かっていなきゃいけなかったなと思ったのです。

あと、娘が少しずつしゃべれるようになってきて、何を要求しているか分かりやすくはなってきたけれど、逆にその言葉をそのまま鵜呑みにして、要求に答えてあげなきゃと思いすぎるのもよくないなと。娘が、「だっこ!」とか「あいす!」とか言うときって、本当に抱っこしてほしいときもあるし、本当にアイスが食べたいときもあるんだろうけれど、『なんだか分からないけれどお母さんに構ってほしい』という意味が「だっこ!」だったり、『なんだか分からないけれどつまらないから楽しいことしたい』が「あいす!」だったりするのではないか。それを親が字句通りに、抱っこしたり、アイスあげたり、もしくはアイス食べすぎだから断らなきゃとストレスに感じたりして、要求に答えることに神経質になることもないのかなと思いまして。

今日も、朝わたしが洗濯物をしたいのに、娘が「だっこ!」っていうので、困ったけれど、やはり、ここは抱っこできないときもあるし、親が毅然とした態度をとらなきゃいけないと思って、泣く娘をそのまま放置して洗濯物をして、それ以外の家事とかもやるようにしていたら、そのうち娘は泣き止んで、ひとりで遊び始めました。ベランダのお花を触ってみたり、寝室の本を読んでみたり、お絵かきしてみたり、娘の部屋のおもちゃで遊んでみたり。間にわたしにちょっと話しかけることもあるけれど、こうやってブログを更新していても、一度抱っこ要求を諦めたあとだからか、「ちょっと待っててね」と言ったら、意外と素直におもちゃで遊んでる。

こうやって、要求を諦めさせることをあんまりやりすぎると、「お母さんは自分の話を聞いてくれないんだ…」ってなっちゃうんだろうけれど、たまにはそういうときもあるってことも、分かってもらう必要があるのかな。

最近昼間の仕事はなるべく断って、娘との時間を大切にしようとするあまり、娘の要求に四六時中答えてあげなきゃいけないことにストレスを感じ始めていたような気がするけれど、こうやって、娘の様子を見ながら、要求に答えたり、答えなかったりして、いいバランスを見つけられるといいな。そんな風にできたら、もう少し娘との毎日を楽しく過ごせるような気がしました。

そして、そうこうするうちに、今日は妊娠29週目です。出産予定日まであと2ヶ月半ほどとなりました。一応、夜の翻訳仕事は、5月~6月中旬くらいまでは受ける予定。1ヶ月前になったら、仕事は一旦お休みさせてもらって、出産に向けて心の準備をしていくつもりです。さ、今日は何しようかな。昨日行けなかった水族館にでも、バスに乗っていこうかしら♪そうだ、昨日届いたしまじろうのお砂場遊びの道具を持って公園に行くのもいいな♪

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あれこれ話

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